のんびりももりんの気なが1日ぶろぐ

毎日の日記のような記録

お気に入りのバイキング

バイキングと言えば、私は、昔、海賊の物語でビッケという主人公の出てくるアニメを思い出します。

 

OP主題歌は、「ビッケ、ビッケ、ビッケは海の子バイキングッ♪」ってな歌です。

 

 

「食べ放題」が「バイキング」という名前になったルーツは、今から約60年ほど前の帝国ホテルにあるそうです。

「好きな料理を好きなだけとって食べる」

 

あれ?なんか八神純子さんのヤガ祭りのモットー

「好きな歌を好きなだけ歌う」

に似てる~(笑)

 

あ、話しがそれましたが・・・。

そのコンセプトと、映画「バイキング」で海賊がガツガツと豪快に食事するシーンとがマッチしたので、そのネーミングを起用したところ、大ヒット!

その後、他にも食べ放題のお店が続々と登場したそうです。

 

私がちょうど小学校4年生の時。

小学4年生は10歳なので、今から50年ほど前。

昭和50年(1975年)の話しです。

あら~すんごい昔。

 

道徳の授業は、授業じゃなくて先生の面白い体験談をよくしてくれました。

授業中に習った事や日々あったことなどすっかり忘れてしまっているのですが、先生の面白い話の数々は今でも忘れず心にしっかり残っているから不思議です。

その先生が、世の中には「バイキング」という食べ方があって、学年の先生みんなでバイキングレストランに食べに行ったという話をしてくれました。

 

女性の先生は、バイキングをたしなんでいたのか行った事があった様子。

女性の先生は、まずはサラダ、野菜、煮物など軽い物から少しずつチョイスし、お肉やお魚、デザート、食後のコーヒーに至るまで全てをまんべんなく堪能したそうです。

 

その担任の先生は、男性ですが田舎生まれ田舎育ちで、生まれて初めての体験でした。

その先生は給食でもそうですが、焼きそばが大好き!

で、もちろん、好きなだけ食べられるのだから大盛の焼きそばを盛ってきて、2杯食べたところで、とんでもないことに気づきます。

お腹がいっぱいで他の物は入らないやん!という事が発覚。

時既に遅し。

焼きそばでお腹いっぱいになってしまい、他の物を食べられずにバイキングの意味が中ってガッカリしたというオチでした。

 

その話しを聞いた時代の背景というと、マック、ミスド、コンビニも世の中に存在しないし、ファミレス、ケンタッキーなどもまだ全国展開していない時代です。

しかも、

自動販売機でお茶を買う?

水が商品として販売される?

緑茶や麦茶が缶やペットボトルで販売される?

信じられない!

そんなものを買う人本当にいるの?

お茶は水筒に入れて持ち歩く物でしょ?

っていう時代でした。

なので、特にうちの家は4人も子どもがいたせいもあり、外食など1度もしたことがありませんでした。

 

先生が話してくれた「バイキング」は私の頭の中で膨れ上がり、とても不思議な夢のようなレストランの世界でした。

料理の種類が沢山あって、それぞれがお皿に好きなだけとってきて食べられるなんて!

もしも、将来そんな機会があれば、絶対に単品(同じ物を)沢山食べたら損するということを子ども心に、しっかり心に刻んだのでした。

 

そんなエピソードがあったせいかはわかりませんが、バイキングは大好きです。

一番最初に生まれて初めて食べたバイキングがどこで、その時どんな気持ちだったのかは、記録に残していないので全く覚えていません。

でも、恐らく最初に食べたのは結婚してからだと思います。

今は孫達を連れてあちこちよく行きます。

 

関西に限定されてしまいますが、一番のお気に入りをお店を紹介します。

大阪、岸和田にある

泉州やさいのビュッフェ&カフェ」

〒596-0817 大阪府岸和田市岸の丘町3丁目6-18

 072-444-8003

 

ここには、JAいずみの 愛彩ランドという道の駅がありその敷地内にビュッフェがあります。

野菜が中心とはいいながら、お肉類や天ぷら、フライ、煮物、など色々な種類のおかずが次々に展開されていきます。

道の駅「JAいずみの 愛彩ランド」は、水茄子、苺、桃などの泉州ブランドがあり、野菜や花が格安でゲット出来ます。

娘と自分ちの近くにもしもこんなお店があったら家計が助かるよね。っていつも話しています。

 

 

肝心のビュッフェは、大人1,650円、小学生1,000円ですが、色々な種類の飲み物もついて、この値段なので価値ありです。

 

ではまたぬん

 

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サイクル野郎550キロ ママチャリの旅

なんかどこかで見たようなタイトルだと思った方は、前回書いた「サイクル野郎2500キロ」を読んでくれた方だと思います。

 

↓ 過去の記事はこちら

pmomorin.hatenablog.com

 

今回の主人公は、うちの破天荒息子です。

「サイクル野郎2500キロ」とは、距離も規模も違いますが・・・。

時は、息子がちょうど高校三年生の夏に遡ります。

えええぇ~。

計算すると、もう10年も経ってしまったのですね。

年取るわけだ。

 

 

息子は高校3年間クラブで、クラブでは珍しいカヌースプリントの選手でした。

インターハイには高校3年間、毎年出場しています。

そのクラブの後輩と大阪から東京に無謀にもママチャリで行くという旅行の計画を立てました。

ただ、サイクル野郎2500キロの主人公の部長さんのように、綿密に立てられた計画書は全くありません。

ただ、iphoneの地図をたどって、道ありき道をチャリンコで走り続ければいずれ東京に着くだろう的な、かなり無謀で無計画な、計画なき計画でした。

 

2013年8月8日夜20時半ごろに自宅を出発しました。

 

荷物も最小限。おそらく着替えだけ?って感じで、ちょっとそこらにお買い物的にぶらりと出掛けました。

小一時間で京都、その後滋賀県と走り続けます。

 

↓ 8月9日10:59に送ってくれた写真

場所は滋賀県東近江市妙法寺町844

8月10日~11日 滋賀県から愛知県に突入!

8月11日名古屋で1泊しています。

8月11日3:08

8月11日3:09

8月12日 静岡県藤枝市通過

8月12日 静岡県御殿場市通過

厚木街道 東京まであと少し!

8月12日 正午 東京都に到着!!!


その後、東京に3泊して東京を満喫して大阪の地に無事帰ってきました。

サイクリング野郎2500キロの部長さんも高専最後の夏に旅に出ました。

息子も同じく高校生最後の夏の熱い思い出が出来ました。

この頃の息子はカヌーと筋トレで鍛えた身体と体力があり、平気で懸垂を何度も出来たり、ホントの筋肉馬鹿でした。

 

その時、その瞬間でなければ絶対に出来ない事ってたくさんあると思います。

人生は一度きり。

思えば、長いようで人の人生なんてあっちゅう間です。

私で言うなら、えっ?気づいたらもうこんな年齢なの?

って感覚です。

昔の人ならあの世に行っていた年齢です。

 

あなたがもしも若いなら、せっかくのその若さを活かして、飛びっきり無茶な事だとしても、色々な事にどんどん挑戦すべきだと私は思います。

何故って?

今、その年齢じゃないと、その時期を逃せば絶対に出来ないことが沢山あるからです。

しかも、「青春」という名の想い出はずっと心に残ります。

その想い出はきっと自分の後の人生を支えてくれるはずです。

 

息子の珍道中の話題もたくさんありました。

iphoneのナビでそのまま突っ走ったらいつの間にか自動車専用道路を自転車で走ってしまい、そのまま走りきってしまったり・・・。

連絡を取り合っている間も、あまり心配はしていなかったものの、果たしてママチャリで無事東京まで到着出来るのか?という疑問はありました。

一緒に行った後輩によると、先輩の自転車を漕ぐペースが超~早すぎて、ついて行くのに必死だったそうです。(笑)

 

今から思うと、こんな面白すぎる武勇伝、もっとマメに記録を取っていれば良かったなぁと思いました。

たまたま、iphoneのデーターをそのまま引き継ぎ、引き継ぎ、機種変更していたので、10年前の写真や会話が残っていました。

そこから息子のママチャリの旅を辿ることが出来ました。

その頃にリアルタイムでブログを書いていれば面白かっただろうなと思います。

しかも、息子の高校3年間と言えば、かなりの破天荒で波瀾万丈な毎日でした。

そんなことを考えると記録は本当に大事だと思います。

 

その時、その瞬間、何があり、どんな経緯で、どんな事が起こり、その時私は何を思ったのか、何を考えたのか。

 

ブログを通して色々な情報や面白いネタ、人それぞれの考え、こだわりなどが垣間見られます。

それを読むことは、とても興味深く、共感したり、反論があったり、面白いことが多いです。

 

「私というただの人一人」の記録や思いですが、記録を残すという意味のためにも、日々の記録だけでなく、今回のようなちょっと心に残った回顧録を含め、今後ブログを気長に続けたいなぁ。と思いました。

 

それではまたぬん

 

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サヨナラうちの小さな冷蔵庫

みんながよく知っている、「大きなのっぽの古時計」って歌があります。

時計は、100年いつも動いていたのですが、とうとうサヨナラの時が来ます。

最近、うちの冷蔵庫もとうとうサヨナラの時を迎えました。

 

もともとは白い冷蔵庫だったのですが、最初息子が「SHEIN(シーイン)」という、謎の中国のファッションアプリの激安通販にハマっていて、60枚くらい入って、100円そこそこのデッカいステッカーで買ったシールを貼り、(なかなかのクオリティで、ちゃんと届く)さらにみんながどんどん貼ったので、全面シールの冷蔵庫になりました。

最初は、「えー、?やめて!」
っと思ったのですが、なかなかいい感じになりました。

 

 

つい最近、とうとうこの冷蔵庫内が冷えなくなりました。

 

冷蔵庫の寿命はどのくらい?

製品によって寿命は異なりますが、目安としては10年

前後が冷蔵庫の寿命と言われています。

 

使い方や環境次第では寿命が長くなったり、短くなった

りすることがあり、大切に使えば20年ほど使用できる

ケースもあるでしょう。 

 

一度、近くのヤマデンに冷蔵庫を買いに行ったのですが、納期が遅く納入されるまで、冷蔵庫無し生活でした。

で、何気なしに抜いていた冷蔵庫のコンセントを差すと、ウィーンと頑張ってまた冷えるようになり、再度息を吹き返しました。

一旦、まだ物が来ていなかったで、冷蔵庫購入をクーリングオフ的にやめたのですが、1ヶ月後にまた、アイスクリームが水状態に・・・。

今度は納期がすぐだったこともあり、とうとう本当の交換の時期となりました。

 

何故、「大きなのっぽの古時計」と比較したのか?

それは、冷蔵庫の寿命を超えて頑張った優れものだからです。

この冷蔵庫は、昭和58年(1983年)に主人が独身の時に購入したものです。

今は、2024年なので、なんと!41年働き続けました。

結婚してそのまま使い、マンションから一軒家に引っ越しし、長女、長男と子どもが生まれ、孫が3人生まれてからもずっと役立ってくれました。

暑い日も寒い日も、この小さな冷蔵庫は動き続けました。

小さいからって侮っては困ります。

実は、小さいし、勝手に氷もできないし、便利な機能は一切ないけど優れ者でした。

イカは丸ごと入るし、冷凍庫は上部にあるので見やすいし冷凍庫内はかなり大きいので、アイスが沢山入ります。

冷蔵庫内も飲み物もドア以外にも寝かせるとどんどん入ります。

長く使っていただけに、中に沢山詰め込んでいただけに、(笑)愛着もいっぱい詰まっていました。

私達、夫婦、そして家族を見守ってきてくれた冷蔵庫だったのです。

 

↑ 日立の冷蔵庫で、一番下を見ると83年製だとわかる。

 

 

ずっと一緒に暮らしてきただけに、最後みんなでトラックに乗るところまで一緒に行って記念撮影しました。

この40年間で、私の実家は冷蔵庫を3回買い換えています。

それを考えるとホント長持ちしたなぁ。と思います。

 

次に来た冷蔵庫はどのくらい持つかな?

ちなみに今度来た冷蔵庫は、嬉しいことに勝手に氷が出来ます。

 

では、またぬん。

 

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Creepy Nuts

アニメ『マッシュル』の、OP主題歌「Bling-Bang-Bang-Born

そして、

TBS系 金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』の主題歌「二度寝

どちらも、Creepy Nutsの曲です。

ボーカルでありラップ担当の「R-指定」と「DJ松永」今1番熱い曲ではないでしょうか?

 

ちなみに、『不適切にもほどがある!』は、

2024年1月26日から3月29日までTBS「金曜ドラマ」で放送されたテレビドラマです。

阿部サダヲさん主演の、宮藤官九郎さんの脚本によるオリジナル作品。

ドラマ中に突然ミュージカル風になったり、ハチャメチャでめちゃくちゃ面白くてかなり受けました。

時は、1986年。 小川市郎(阿部サダヲさん)は、「愛のムチ」と称し厳しい指導をする昭和あるある体育の先生で野球部の顧問、生徒たちからは「地獄のオガワ」と恐れられています。

また、男手一つで17歳の一人娘・純子(河合優実)を育てる平凡な父親。

ひょんなことから、2024年という令和へタイムスリップしてしまうことから物語は始まります。

 

「昭和」と「令和」、同じ人の世でも、ルールや世論は雲泥の差。

当たり前の様に、通り過ぎてきた主人公とドンピシャ世代の私は、昔、あった当たり前が今は全く通用しない常識の変化に、普段気づかず過ごしていたが、「理不尽」がぶったまげるほど沢山あったことにびっくりさせられました。

このドラマの着眼点が、今の世の中をどんぴしゃりと的を得て外してないなぁと感心してしまいます。

では、「昭和」と「令和」どっちが良かったのか?と問われたときに、どっちもいいとこあるなぁと、これまた考えさせられます。

最終回には、うまいことCreepy Nutsの本人達が、ドラマに現れて、歌っちゃうという醍醐味。

 

この、R-指定という人は何者ぞ?

 

R-指定(アールしてい)

本名:野上 恭平〈のがみ きょうへい〉

1991年9月10日生まれ

作詞家、俳優

大阪府堺市出身。

金岡高校を卒業後、桃山学院大学法学部、3年生迄大学の学費が続かず除籍。

 

もともと、”NO MUSIC, NO LIFE” な私。

通勤で読書をしない時は、ひたすらずっと音楽を聴いています。

 

好きなジャンルは、HIP-HOP、ラップ、レゲエなどなど。

なので、エミネムケツメイシ、SOUL’d OUT 、Diggy-MO、Heartsdales、AK-69、OZROSAURUS、韻マン、KICK THE CAN CREW

KREVA、などが好きでめっちゃ聴いているのですが・・・。

そんな中で最近ハマったのが、Creepy Nutsです。

 

お気に入りのBeetsのヘッドホンにiphoneApple musicの音源をBluetoothで飛ばして、外からの音はシャットアウトし、ノリノリで音の世界浸っています♪

 

いわゆる、仕事のONとOFFの切り替えや、気分を揚げるのにめちゃ役立っています。

 

↓ 私のお気に入りのbeets

 

Creepy Nutsのラッパー“R-指定”さんのすごさは、なんと言ってもラップのスキルが凄いこと、すべての作詞を手掛けていますが、言葉はみんなホントにライムが上手くさらに韻を踏んでいるだけでなく、どんどんスライドして行ってリリックが聞き心地がよく、耳に残ります。

 

しかも、メロディーラインもメロディもステキです。

 

反対に・・・。

例えるとまるでポケモン言えるかな?の歌のように、ラップで車の名前をただ並べて歌っていたり、上手いのでなくクラッシック曲のパクリメロディ-だったり、メロディ-が全くなくコード進行だけあって、それにのせたお経のような楽曲だったり、内容が限りなく聴くに堪えないピーッな下ネタ表現ばっかりだったり、私的に残念な曲は山ほどあります。

 

ニューミュージックなどでは、難しいラップ部分をグループ何人か交代で歌っている事もありますが、“R-指定”さん一人でこれだけの言葉を重ねて歌っているところも凄さだと思います。

 

ちなみに私は何度も聞いているのに、全くもって歌えません。

5年生の孫の長男は、何度か聞いてめちゃくちゃ上手く歌えちゃいました。

若いっていいなぁ。

ま、私が若くても歌えなかったと思うが。(笑)

 

Creepy Nutsのアルバム全曲よき♡

お勧めですので、是非聞いてみて下さい。

ちなみにジャンキソウの源治のラップはこちら

 


www.youtube.com

 

ではまたぬん。

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ジャンキソウ

最近、YouTubeYouTubeのショート、TikTokInstagramなどでハマっているグループがあります。

ジャンキソウです。

ジャンキソウは、「サッカー大好き親子」が、自主練をモットーに平凡な日々のエピソードを想定して、動画配信しています。

 

 

 

キャラクターは、

・「岡田源治」56歳 ダイ 息子のサッカーを応援するお父さん役

・「ソウタ」弟役 ボケも入っているが素直でいい奴。兄ちゃんに頭が上がらない。

・「コウジ」兄ちゃん役 ちゃっかり者でイタズラ好きで弟思い。

 

源治には双子の弟のちょっとオシャレな謎の「グンジ」、ソウタのサッカーの同級生、どちらも同じ人物である「岡田源治」役のダイが演じています。

 

「コウジ」兄ちゃん役も、グラサンをかけてサッカーの監督役も演じています。

 

実際のプロフィールは


ジャンキソウ 「ダイ」源治役

名前 ダイ
本名 不明
生年月日 1998年6月21日
年齢 25歳(2024年時点)
身長 174㎝
出身 兵庫県

 

セレッソ大阪u-12(関西トレセン

セレッソ大阪u-15

兵庫県立西宮高等学校兵庫県トレセン

甲南大学という、動画の中の親父はサッカーが下手な設定だが、

実はサッカー選手だった。(笑)

 

ジャンキソウ 「ソウシ」コウジ・兄ちゃん役

詳細不明

 

 

ジャンキソウ 「ソウタ」弟役

名前 ソウタ
本名 不明
生年月日 1998年4月5日
年齢 26歳(2024年4月時点)
身長 約174㎝
出身 大阪府

エルマーノ大阪u-12
エルマーノ大阪u-15(大阪市トレセン
東海大仰星高校

ソウタも動画の中では、サッカーが下手な設定だが、

実はめちゃくちゃ上手い。(笑)

 

初めてYouTubeを開始されたのが、2021年7月。

今から3年前になります。チャンネル登録者数 31.5万人(2024年4月現在)の注目を集めているYouTuberです。

 

応援歌 「できませ~んと言う前に、やってみますのジャンキです。意識高~く、腰低く、やってみますのジャンキです~♪」

 

「 ゴぉールをぉ~いただきですますぴぃー ・ おー勝利をっオー ・ いただきですますぴっぴっぴー ・~♪ 」

 

は、耳に付いたら離れなくていつも孫と歌っています。(笑)

 

源治がコーラス隊に入る回、ブリンバンバンを歌う回は何度見ても面白すぎて笑ってしまいました!

(Bling-bang-bang -Born 前編)


www.youtube.com

 

(Bling-bang-bang -Born 後編)源治のラップが上手すぎる!(笑)


www.youtube.com

 

ちなみに動画のオチの部分で、必ずめちゃ高い声で、

 

「クソ!」

「ヤタ!」

「兄ちぁ~ん」

 

という効果音の高い声が入るのがたまらなく面白いです。

 

何が面白いのかって、私はジャンキソウの面白さは、源治が26歳のサッカーがめちゃ上手い青年ではなくて、ホントに56歳のおっさんにしか見えず、その2人の子どもを一生懸命に育てる背中がやけに泣けるところと、いい人なんだなぁ~って思えるところと、微妙な成長盛りの年齢の子ども達の心境と親父の気持ちが、しみじみしていい感じなところにあると思い・ですますピッ。

 

是非、よければハマってみて下さい。

まずはショートから(笑)

 

では、よい週末を。またぬん。

 

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hatena.blog

安否確認というオオカミ少年

少し不謹慎な話題かもしれませんが。

私の会社では「安否確認システム」というものが導入されていて、地震や災害があった時に社員や家族、家屋の安否を確認するためのメール、電話、など(登録者の指定した順番)が自動的に発信されます。

有り難いシステムなのですが、今まで一度も本当の地震で通知があったことはありませんでしたが、訓練と称して年に何度か訓練で作動していました。

 

昨日、夜中12時頃突然立て続けに電話が何度も鳴りました。

イタズラ電話かな?


私は早出出勤やから、朝5時起きやん!
しかも、完全に爆睡してるのに夜中の電話で起こされました。


3度くらい無視して寝てたんだけど、ひつこくかかるから、もしかして身内になんか?それか息子がかけてきたのかな?と思いやっと出ることにしました。


あ~またいつもの安否確認訓練やん!
夜中起こされてけしからん!
ホンマ、明日、総務に文句言ったろう!
いや、まずこのシステム管理してるところに!
ホンマ迷惑!
色々な思いを巡らせて、メッセージにボタンを押して答えました。

最後に何かメッセージがございましたら30秒以内にメッセージを入れて下さい。


「ピー!」

ってきたので、

「私は早出出勤なんです!明日5時起きなんです!夜中にこんな電話で起こされて!ホンマ、ちゃんとそこのところ考えた訓練すべきじゃないですか?こんな夜中に起こされて…。」

何を話したのか覚えてないのですが、そんな内容をグダグダと厳しめに文句タラタラ録音しました。

 

 

今朝、同僚に会って、

「昨日の安否確認システム腹たちすぎ!夜中に訓練とかないわー!総務に文句言わないと!」

と話したら、

 

「私気がつかなかってん。でも今朝メールで返したよ。高知県震度6やろ?」

 

ん?

なんか話が噛み合わない?

 

「えー?もしかして、本物の安否確認やったん?」

 

終わった。。。

 

いつもは、安否確認システムはオオカミ少年やったやん。
訓練ばっかりやったやん。
まさか本当にかかってくるとか知らんやん!

願わくは、総務の人が私の文句の録音を聞きませんように・・・。

 

昨日、愛媛県高知県地震があったのですね。

震度6地震だったようで、地震の影響がなければいいのですが。

不謹慎にも、訓練と勘違いし、しかも文句の録音してしまいました。

 

ではまたぬん。

サイクル野郎2500キロ

タイトルは、最近読んだ本の題名なのですが、この本は、

真尾 悦子(ましお えつこ、1919年(大正8年)- 2013年(平成25年)さんによって書かれたました。

真尾 悦子さんは、1946年(昭和21年)に結婚し、1948年(昭和23年)に茨城県、さらに福島県平市(現・いわき市)に転居しました。

 

代表作は、1959年に刊行した『たった2人の工場から』は、1961年にNHK総合テレビの「テレビ指定席」においてドラマ化された作品や

 

沖縄をテーマに書かれた

「いくさ世を生きて: 沖縄戦の女たち」

「お母さんはアダン林でねむってる 」

などがあります。

 

で、さて?

真尾さんによって書かれた「サイクル野郎2500キロ」

主人公の水木伸太郎君が、高専3年生、17歳の夏に約1ヶ月かけて北海道を自転車で一周した時の体験を元に書かれたノンフィクションの作品です。

 

お母さんの反対を押し切って、たったひとりで挑戦した北海道一周旅行。

その行動は彼の性格により綿密に計画が立てられていました。

 

 

 

なのですが、スマホもナビもない時代。

実際に現地に行くと、突然の嵐、地図にない急坂などのハプニングあり、心理的な葛藤もあり、そこで知りあった色々な仲間たちとの出会いありお酒あり。

(えっ?17歳ですが???)

函館から、小樽、札幌、苫小牧、帯広、旭川稚内、斜里、根室、釧路、阿寒湖、帯広、洞爺湖、室蘭と、2500キロの旅が色鮮やかに描かれています。

 

 

 

 

本に出てくる福島の漁村で育った少年、水木伸太郎君は、実在する人物です。

で、何を隠そうこの少年が、私に八神純子さんを紹介してくれた部長さんなのです。

 

ちょうど、5thヤガ祭りの当日、近場でイツメン4人で集合し飲み会。

その場で初めてM田さんから、K部長をモデルにした本があるんだという事を聞きました。

 

ヤガ祭りの翌日、帰りの新幹線の中で絶版になっているその本を見つけました。

かろうじてAmazonに売っていた古本をポチりました。

 

何故、部長さんの事が、真尾さんによって書かれたのかは、後日、部長さんから聞いた話によると、真尾さんが、福島県いわき市に住んでいた時に、部長さんのお母さんが、真尾さんの親しい友達だったそうです。

で、自転車の旅の話しを聞いて興味を持たれ、彼の日記と聞き取りでこの本が完成したということです。

 

知っている人物のことを書かれた本なので興味津々でした。福島の方言が出てきてより親しみを感じ、内容はとても興味深く、ハラハラドキドキ色々なシーンがあり、部長さんの性格がそのまんま出ていて、その心理描写もうまく書かれていて、面白かったです。

 

クソがつくほど真面目、絶対に嘘がつけない、人を悪く言わない、正直で話しを誤魔化さない、誠実で負けず嫌い、お酒大好き、頭はすごくいいが優しすぎてちょっと抜けてるお茶目なところがある、一途で、とにかく筋肉馬鹿(笑)

容姿は背が高く、なかなかのイケメンです。本の表紙の絵はメガネを掛けていますが、ご本人は今メガネは掛けていません。

この本にある高専3年生卒業後に、新潟県長岡市にある国立大学2年生に編入し卒業されています。

 

今は東京の監査室勤務に変わられてしまったのですが、幸いにも私が堺勤務になってから、約5年間上司でした。

 

入社早々トライアスロンにハマり、毎晩9時頃に帰宅しては、水泳、ランニング、のトレーニングをしていたらしいです。

海外勤務では、香港のランタウ橋(カップスイモン橋)国際プロジェクトJVの製作マネージャー、次に中央径間1018m、鋼重3万3千トンの世界一の斜張橋ストーンカッターズ橋、そして、近年、2020年4月から最近までミャンマーのバゴ橋プロジェクト。

という経歴の持ち主、英語はもちろん、中国語、韓国語も堪能。

そうそう、私と同じ韓流ドラマ好きです。

堺勤務の頃は単身赴任で、最寄り駅のすぐ近くのコンビニの横に住んでいて、朝はランニング、出社してからはトレーニングルームで筋トレ、昼休みもやはり筋トレ、休日はサイクリングといういわゆる筋肉馬鹿(失礼しました)で、堺から大阪城箕面方面までサイクリングするようなフットワーク。

 

すごく、人として引き出しが沢山あって面白い方です。

 

八神さんの大ファンで、キャンディーズの蘭ちゃん(最近活動している)の大ファンでもあります。

この本を読んで知ったのですが、8歳の時に漁師だったお父さんを亡くされています。

そのお父さんが遭難した場所が、北海道根室市 納沙布岬(のさっぷみさき)。

日本列島 本土最東端、根室駅から約23kmあるその地もこのサイクリングコースに入っていました。

 

真尾さんはこの旅行記を本にする前に、1986年自分でも同じコースを車で回り、1988年に出版されました。

私も、いずれこの部長さんのたどったコースを自転車では到底無理なので車でたどって行きたいなぁ~なんて思っています。

 

私は面白かった本は、何度か繰り返して読む癖があるのですが、この本もその中の一つです。

 

それでは、またぬん。